hisa日記

日本と台湾とのお手伝いを自分らしさを発揮してブログを通し、発信していけたらと思います。

働くようになりました。

先月中旬から働くことになりました。それからバタバタとしていまして、ブログの更新が出来ずに今に至ります。

 

気がつけば7月に入り、2016年も半分を折り返しました。去年の今頃は台湾にて語学の勉強をしていたのですが、早いものであれから既に1年間が過ぎ去ったのですね。。。

昨日の事の様に感じます。

 

仕事を見つけて働く事に成ったものの、「これから先の事を考えて益々自ら食べていける手段を構築しなければ成らないかな??」と考えています。

今の仕事は私にとって自転車の職と共に、ポジションはマッチングしていると感じておりますが、もう少し安定した収入が得られる様にしていく必要が有ります。

 

やはり思うのですが、日本人だけをターゲットにして仕事をするのではなく、『世界中の人を相手に仕事をしていかなければ成らない世の中になってきた』と思うんです。

何を商売のネタとして世界の方に求めていくのかは個人個人で違いが有るでしょうが、日本国内よりも世界の方が人口も多いですし、サービスを求めている方も多いのは当然です。また、新しいサービスや事業に対して抵抗が少ないのも海外(日本以外の国)の特徴でも有ります。

そう感じているので、少しずつですが世界の人に向けて発信していけるように少し体勢を整えている次第です。私が考えているように順調に進む事は難しいのは承知ですが、遣らなければ今以上の発展は見込めません。

これだけ情報が飛び交っている現代社会で、黙っていたら埋没してしまうのは明らかですから、「煩い位に主張をしても丁度位なのでは??」と考えたりもします。

 

世界に向けて発信するということは、『英語』の学習も必要に成ってきますね。

遣らねば前に進めないですから、もう後には引けません。

これから約1年の間で、なんとか形にしたいです。

 

仕事が一応決まると、両親も安心した様でそれが目に見えて分かりました。

心配していない様に見えて、心配をしているんだなぁ〜って感じましたし、それが明らさまに見えましたので、「せめて両親にはこれ以上心配させたくないなぁ〜」と考えた次第です。

 

もう、停滞は出来ません。

 

 

なんとしても今以上に自分の生活を安定させ、世界中何処に行っても生活が出来る体制作りを構築します。

私が思うには、父親や母親が私に対して行ってくれた生活水準は最低でも守りたい。

結婚後に子供が生まれたとしても(未だにそういう予定は全く無いですが。。。)、子供が「大学に行きたい。何処何処で勉強したい」と言っても「良いよ。行っといで」と言って送り出せる父親で在りたいと思います。

以上の事を踏まえて、理想の父親像、今後の生活スタイルが決まって来るものと考えて居ります。